1986年頃、ちょうど長女も生まれ、もうレースからは足を洗うと決めていたにもかかわらず、当時の同僚からの頼みで原付レースのサポートに行ったのが運の尽き。サーキットでの音とニオイは寝ていた虫を起こすのには十分だった。

結局は、先頭切って車両を製作、出場し、MFJ公認クラブの主宰となるのでには、さほど時間が掛からなかった。

CB125 RACER  1. 2.

CB50 RACER